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ペルー共和国・・・世界遺産と黄金の国  2011年03月31日

     ペルー国旗      ペルー共和国


ペルー共和国、通称ペルーは、南アメリカ西部に位置する共和制国家である。北にコロンビア、北西にエクアドル、東にブラジル、南東にボリビア、南にチリと国境を接し、西は太平洋に面する。首都はリマ。

ペルーマップ2

紀元前から多くの古代文明が栄えており、16世紀までは当時の世界で最大級の帝国だったインカ帝国の中心地だった。その後スペインに征服された植民地時代にペルー副王領の中心地となり、独立後は現在まで大統領制を敷いている。

15世紀にはケチュア人によってペルー、及び周辺のアンデス地域は統合される。
ペルー人の親子
  ケチュア人の親子

インカ帝国はクスコを首都とし現アルゼンチン北西部を征服した。

クスコ市街  クスコ大聖堂
  クスコ市街      クスコ大聖堂

しかし、帝位継承を巡ってキト派とクスコ派の間で激しい内戦が繰り広げられた。
内戦はキト派の勝利に終わったが、その後スペインの征服者達がインカ帝国を侵略し、アンデスを支配していた帝国としてのインカ帝国は崩壊した。その後リマ市が建設されペルーの中心となる。
その後、ペルーは数奇な運命をたどり、内乱や、革命などの紛争がありインカ帝国の最盛期には全土で1600万人を超えたと推測される人口が1826年にはペルーだけで150万人になっている。
現在の人口は約1900万人である。

日本人として記憶に新しいのは、日系二世のアルベルト・フジモリ氏が南米初の日系大統領になった事である。

ペルーの大統領宮殿
  大統領宮殿

「フジ・ショック」と呼ばれたショック政策によるインフレ抑制と財政赤字の解消による経済政策を図って新自由主義的な改革により悪化したペルー経済の改善を図り、農村部の農民を武装させたゲリラ政策により治安の安定に一部成功するなど素人とは思えない業績を残した。
フジモリ政権は日本との友好関係を強化し、日本はこの時期にペルーへの最大の援助国となったが、これを原因として1996年にトウパク・アマルー革命運動による日本大使公邸占拠事件が発生した。
2000年にフジモリ氏は三選を果たすが徐々に独裁的になっていった政権に、国民の反対運動が高まり11月21日に滞在していた日本から大統領職を辞職を発表した。

ペルーは自然豊かでペルーの国土を南北にアンデス山脈が貫いており、アンデス山脈から多くの川が東西に流れておアマゾン川の源流もアンデス山脈に有り、アマゾン川はペルー最大の河川となっている。
アンデス山脈  アマゾン川の源流地点
      アンデス山脈                 アマゾン川源流

又、世界遺産も数多く、あまりにも有名なマチュピチュやナスカの地上絵等、「世界不思議発見」ではないが興味をそそられること無限大である。
マチュピチュ3 マチュピチュ ナスカの地上絵
                     マチュピチュ                     ナスカの地上絵
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